ペリーの航海記から引用します。※以下、2人とは吉田松陰と松陰最初の弟子・金子のこと。
この後、松陰は牢獄に入れられます。
周りはなんて馬鹿なことしたと思ったでしょう。松蔭はこの時の気持ちを一句詠んでいます。
「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂」
(このようなことをすれば、こうなることはわかっていた。しかし、それでも私を行動に踏み切らせたのは、日本を想う心に他ならないのだ。)
あ、ちなみに松蔭は、生涯で何回も牢獄に入れられていて、最終的には前科5犯です。
そういう意味では、けして聖人君子ではありませんね。
この後、吉田松蔭は仮釈放になって牢獄から出ます。そして、謹慎中の家で近所の人相手に講義を始めますが、これが松下村塾なんです。
この松下村塾からは高杉晋作や久坂玄瑞、初代内閣総理大臣・伊藤博文などのそうそうたる面々が育ちました。
さて、仮釈放中の松陰ですが、おとなしくしているはずもなく。
井伊直弼とその右腕・間部詮勝(まなべあきかつ)による独断政治に怒り爆発。
どうにもたまらんくなった松陰さんは、長州藩にあるお願いをするのですが、その内容に長州藩は衝撃を受けます。
「間部を暗殺するので、暗殺に使う武器を提供して欲しい」
これにびっくりした藩は、仮釈放中の松陰をまたも牢獄にいれます。
面白かった 読んで良かった
ジョブズと比べるとか吉田松陰に失礼だろ。
あとお前らと↓きmすぎて頭悪すぎ死ね。
[…] ↓簡単にどういう人なのかまとめられています。 http://bakumatsu.org/blog/2012/05/syoin.html […]
論語、孟子、大学と中庸を読めばわかりますが、松陰の行動は少々激しいですが、正しいと思います。同じ佐久間象山を師にもつ勝海舟と比較すればわかりますが、彼は学問に純粋すぎて政治を知らなかった。私は好きです
吉田松陰は、人生の成功者ですか?
一般人に史実の現実は見えにくく、教科書的知識で育った自分たちには、明治維新の推進力の源泉みたいに映っていましたが、実は今の「イスラム原理主義過激派」などと同じようなモノを感じます。
吉田松陰は基本的にはテロリストであり、次世代テロリストを育成した、優秀なアジテータと言っていいんじゃないでしょうか。
吉田松陰の松蔭は高山彦九郎の戒名『松蔭居士』から寛政の三奇人.の中でも最もエキセントリックな高山彦九郎に心酔するなんて常規を逸してる奇跡的に長州藩が生き延びたけどその後の日本の滅亡に大きく関わってるね。
[…] 参考: 幕末ガイド […]
[…] 情報源: 【写真あり】 衝撃!幕末の偉人・吉田松陰は相当クレイジーな人だった【教科書に載ってない】 | 幕末ガイド […]
[…] 衝撃!幕末の偉人・吉田松陰は相当クレイジーな人だった【教科書に載ってない】 […]