【写真あり】もはや漫画。27歳で亡くなった高杉晋作の生涯が恰好良すぎる【幕末】

幕末の英雄・高杉晋作。意外に知られてないその生涯をまとめてみたのですが、あまりに格好よすぎてまるでリアリティがありません。

まず高杉晋作はこんな人です。

高杉晋作の写真
イケメンですね。サッカー日本代表の本田圭佑にどことなく似ている気がします。

この人、まず決断力と行動力が尋常じゃない。

たとえば、自分は一文も持ってなかったのに、藩の後払いということで、無断で軍艦を購入したことがあります。

スケール感、ハンパない。

長州藩は、身に覚えのない数億円の請求が来たときに絶句したそうです。そんな高杉晋作の生涯をまとめてみました。

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ときは幕末

高杉はかの有名な松下村塾で広く学問を修め、将来有望な逸材として、「松下村塾四天王」の一人に数えられます。

さて、この“将来有望”、というのが曲者。

師匠はといえば、「おめーらどこまで狂えるの?俺はやるよ」が信条、衝撃の狂人•吉田松陰です。

吉田松陰の肖像画
黒船来航以来、日本中がピリピリしています。

“将来有望”な高杉は、四天王久坂玄瑞や弟分の伊藤俊輔らとともに、とりあえずイギリス大使館を焼き討ちにしました

久坂玄瑞の写真
四天王のひとり・久坂玄瑞
高杉晋作(中央)、伊藤博文(右)、山田顕義(左)
中央が高杉晋作、右が弟分・伊藤俊輔。

伊藤は高杉の幼なじみで、無茶をするときはたいてい引っ張りまわされ、ひどい目によくあってます。

高杉らのこの破天荒な行動に長州藩は度肝を抜かれます。

が、当の本人はまるで意に介さず、外国をうちはらう必要を説くわけですが、藩としては「晋作待て、落ち着け。今は時期じゃない」となだめる。

すると高杉。

「わかりました、では10年暇をいただきます」と藩に休暇届を出し、勝手に頭を剃り、武士から坊さんになってしまいました

もう完全におかしい。

封建社会なのにジョブチェンジしちゃった。

ドラクエじゃないんだから。そして伝説へ、なんていってる場合じゃない。

時代を先取りしすぎてる。

さて長州藩ですが、けっきょくは「外国をうち払おう!」ということで、今でいう山口県・下関海峡を通る外国船にめったやたらに大砲を浴びせます。

するとどうなったか?

 
アメリカとフランスから凄まじい反撃をくらい、威勢の良かった砲台もわずか4日で占領されました

↓占領された幕末当時の写真。

長州藩の攘夷決行後、フランス海軍に占領された前田砲台
フランス軍に占領された長州藩の砲台(ベアト撮影)

そうなんです。

外国とは圧倒的兵力差があったのです。

長州藩、開戦してみてはじめてそのことに気づきます。途方に暮れた長州藩は、俗世を離れ山ごもりするあの男を呼び寄せます。

 

 

 

高杉晋作です。

藩の危機に、中央に舞い戻った高杉。
彼は、このとき誰も考えていなかった奇想天外な案を藩主にプレゼンしました。

 

「有志の士を募り
一隊を創設し、
名づけて奇兵隊といわん。」

 

有志。

つまり志が有れば、身分に関係なく徴用する。それが武士でなく農民であっても。

奇兵隊の写真
実際の奇兵隊の写真です。服装バラバラ。

厳格な身分制がまだ日本に残っていた時代。

高杉がぶち上げたプランは、あまりに革新的なものでした。彼は23歳ながら、初代総督として奇兵たちを率います。

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