【これが130年前!?】最後の浮世絵師が描いた『100枚の月』がとんでもなく新しい【月岡芳年】

幕末から明治にかけて活躍した月岡芳年(読み:つきおかよしとし)。彼が晩年に描いた連作 『月百姿』。歴史の有名なシーンと月を絡めたりした作品なのですが、その構図センスと自由自在な表現力はまるで古さを感じさせません。

圧倒的な浮遊感!牛若丸@五条橋

『五条橋の月』(『月百姿』シリーズ、作・月岡芳年)『五条橋の月』(1888年) 月岡芳年
独特のポーズで軽やかに舞う牛若丸こと源義経。その背後で光る月。場所は五条橋。弁慶との出会いの場所です。



孫悟空と月のウサギ

『玉兎 孫悟空』(『月百姿』シリーズ、作・月岡芳年)『玉兎 孫悟空』(1886年) 月岡芳年
月の宮殿から逃げ出した妖魔と孫悟空の戦い。怪物化していた妖魔を孫悟空は見事撃退。元の月のウサギに戻され、逃げ帰っているところです。


風に舞う手紙

『月のものくるひ 文ひろけ』(『月百姿』シリーズ、作・月岡芳年)『月のものくるひ 文ひろけ』(1889年) 月岡芳年
豊臣秀吉の女中・おちよ。ある日受け取った手紙で恋人の死を知ります。おちよは悲しみのあまり気が触れてしまい、その手紙を身体に巻き付けたりしながら、死ぬまで城のまわりなどを徘徊したそうです。


漆黒の波の迫力がもの凄い

『大物海上月 弁慶』(『月百姿』シリーズ、作・月岡芳年)『大物海上月 弁慶』(1886年) 月岡芳年
能楽『船弁慶』の有名なシーン。波に立ち向かっているのは武蔵坊弁慶。源頼朝の追っ手から逃げる弁慶たちの行く手を阻むのは、月をも飲み込まんとする漆黒の大波。かつての敵・平家の怨霊の仕業ですが、弁慶の必死の祈りにより嵐はおさまります。


月といえばかぐや姫

『月宮迎 竹とり』(『月百姿』シリーズ、作・月岡芳年)『月宮迎 竹とり』(1888年) 月岡芳年
おとぎ噺であまりに有名な『竹取物語』。月に帰ってしまうかぐや姫を、名残惜しく見ている翁。背中から哀しみが伝わります。



夜桜、舞い散る花びら

『忍岡月 玉淵斎』(『月百姿』シリーズ、作・月岡芳年)『忍岡月 玉淵斎』(1889年) 月岡芳年
上野に夜桜見物にきた若侍・玉淵斎(ぎょくえんさい)。桜や着物を吹き飛ばすような妖しい風から身を守っているシーン。なんとも雰囲気のある絵です。


躍動感と静かな満月の対比

『朝野河晴雪月 孝女ちか子』(『月百姿』シリーズ、作・月岡芳年)『朝野河晴雪月 孝女ちか子』(1885年) 月岡芳年
江戸時代の商人・銭屋五兵衛は、干拓・開発工事で毒薬を用いたと疑われ、投獄されてしまう。孫娘のちか子は祖父の無罪を訴え、若き身を川に投じてしまいました。この着物のふんわり感、芳年得意の独特のポージング。それと対照的な満月や水面の静けさ。『月百姿』シリーズのなかでも屈指の作品です。


若き秀吉の出世戦

『稲葉山の月』(『月百姿』シリーズ、作・月岡芳年)『稲葉山の月』(1885年) 月岡芳年
一夜城のエピソードで有名な稲葉山城の戦い。月光る夜半、若き豊臣秀吉は僅か7名ほどを引き連れ、崖をのぼり稲葉山城に裏から潜入。火を放ち敵を大混乱に陥れるという有名なシーンです。構図がすばらしい!

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“【これが130年前!?】最後の浮世絵師が描いた『100枚の月』がとんでもなく新しい【月岡芳年】” への 13 件のフィードバック

  1. […] 後の浮世絵師が描いた『100枚の月』がとんでもなく新しい【月岡芳年】」>● […]

  2. 壺中山紫庵 says: 2013年9月20日

    月を巡る浮世絵

     19日には、月を巡る小文を書いた。  せっかくなので、月の(も)描かれている浮

  3. 私ダウン|設計、どこうあなたは入手するには、本当に好き負荷を通して|それはからを手に入れる?

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  10. […] 燃え盛る炎と対峙するのは「い組」の町火消し。「ぼや金」こと小櫛はこうした火事に胸を高鳴らせたのでしょう(『月百姿』「烟中月」月岡芳年 画) これは江戸時代末期の事件や噂話を集めた『藤岡屋日記』に書かれた話。 ペリーが黒船で来航する前年の嘉永4年(1852年)の春、江戸は牛込から四谷にかけて寺で不審火が相次ぐという事件がありました。 それからしばらくして同年の夏、またもや四谷の宗福寺という寺で不審火がありました。この時、寺の小僧が不審者を捕らえましたが、その正体はなんと武士。しかも、江戸の治安を守る同心(注 後述)というから驚いた。 男の名は小櫛金之助(35)。すぐさま奉行所にしょっぴかれ取調べを受けましたが、その供述から小櫛の連続放火魔としての犯行と、火事に対する異常性が浮き彫りになりました。 小櫛はもともと火事が大好きだったらしく、ちょっとしたボヤが起きるだけで「火事だ!火事だ!」と大騒ぎするので、ついたあだ名が「ぼや金」。そんな小櫛が連続放火という大罪を犯すようになったきっかけもやはり火事。 嘉永4年(1852年)の春に四谷で大火事が起きた時、火事現場の近くにあった親戚の家に駆けつけ大いに働き、後日、謝礼をもらいました。火事の高揚、感謝、満足感……。ますます火事にぞっこんになった小櫛は、火事が起きるとすぐに現場に駆けつけ、誰よりも熱心に働きました。ここまでは問題ない。 しかし、火事が多かった江戸時代とはいえ、そうそう都合よく起きるはずもない。ぼや金は火事がない日がしばらく続くと、居ても立ってもいられなくなる。そしてついに自ら火を付けたのでした。 小櫛が放火したのは寺ばかり5件。しかも昼間の犯行。それはなぜかというと、「夜が怖い」とかで昼間にしか放火ができず、そうなると昼間にあまり人がいない寺がうってつけだったから。 さて、火事にとりつかれた放火魔・小櫛の末路はといいますと……。江戸時代、放火は大罪。5件もの放火を犯した小櫛は獄門にかけられることが決定しましたが、処刑の前に牢屋で獄死したとか。 ※同心……同心とは、町奉行の配下で江戸市中の警察、司法、行政の任務にあたる与力(よりき)の下にあってその任務を補佐する下級武士。時代劇ドラマ『必殺仕事人』シリーズの主人公・中村主水の役職も同心。 江戸時代後期の歌舞伎界に、8代目・市川団十郎という人気、実力ともに比類なきトップスターがいました。しかし、彼は突如みずから命を絶ってしまい、江戸中に衝撃をあたえました。 事件簿その6 当代きっての歌舞伎役者、人気絶頂のなか謎の死 […]

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