背中で語る覇王の貫禄
真っ赤な夕日が青い海に沈むようすを、これまた真っ赤な欄干(らんかん)の上から眺める黒衣の男性。赤、黒、白ーーはっきりとしたコントラストがこの男性の我の強さを象徴しているようです。
扇を手にしたこの男性は平家一門の隆盛を築いた平清盛。威風堂々たる姿は自信に満ちあふれています。反った背中のラインがグッときます。
描かれているのは「日招き伝説」という「清盛すごすぎる!」なエピソード。以下。
「音戸(おんど)の瀬戸」という場所は瀬戸内海の難所として知られていた。平清盛は航路を整備すべく海峡の開削工事に着手する。
潮の流れが速いためチャンスは引き潮の時のみ。しかし間もなく工事が終わるというタイミングで日が沈み始めた。
そこで清盛は海に没しようとする夕日に向かい「戻れ、戻れ」と叫び、手にした扇で夕日を招いた。すると清盛の手招きに引き戻されるかのように夕日は再び海上に戻り、工事はたった1日で完成したという。
清盛、強引が過ぎるぞ。
この「日招き伝説」には別バージョンがいくつかあるのですが、とにかく清盛が太陽の運行を逆行させたという部分は共通しています。清盛公の傲慢さを表すエピソードなんですが、ここまでくるともはや惚れ惚れします。
こちら富士山探検隊
松明片手に暗闇を進むのは、鎌倉幕府二代将軍・源頼家に仕えた仁田忠常(にったただつね)という武将。
頼家の命令により富士山にある「人穴(ひとあな)」という洞窟を探検中。洞窟のなかでこんなにボウボウと松明燃やしたら一酸化中毒になりそうで心配。伝承によれば、この洞窟探検中、忠常さんはいろんな怪奇現象に遭遇したらしい。
ちなみに芳年は晩年の傑作妖怪画集『新形三十六怪撰』でも忠常さんの洞窟探検を描いています。これ。
こっちの方が難所を探検している感が強めですね。
次も仁田忠常さん関連。
濡れ髪のエロス
降りしきる雨のなか、2人の男性が組み合っています。
これは能や歌舞伎の題材として大人気を博した「曽我兄弟の仇討ち」のワンシーン。いわゆる「曽我もの」と呼ばれるジャンルを生み出した「曽我兄弟の仇討ち」は、鎌倉時代に実際に起きた事件で、日本三大仇討ちのひとつになるほど有名です(ほかは赤穂浪士の討ち入りと伊賀越えの仇討ち)。
曽我兄弟がみごと仇討ちを果たした後、曽我兄の祐成(すけなり/通称:十郎)は先ほど富士山洞窟探検をしていた仁田忠常によって斬り殺されています。まあ、鎌倉将軍・頼朝が狩り(富士の巻狩り)をしていたところに乱入して仇討ちしたんですから、ただじゃすみません。
で、芳年が描いているのは弟の五郎。
仇討ちを終えた五郎は、将軍・頼朝の寝所へ向かう(一説に暗殺しようとしたとも)のですが、その行く手を阻んだのが、五郎を後ろからガッチリホールドしている御所五郎丸。五郎を油断させるため御所五郎丸は女装をしていたそうですが、事件後、「女装して敵を油断させるのは卑怯じゃないか?」と批判されたとも。五郎丸にしたら頭脳プレーといって欲しかったことでしょう。
こうして弟・五郎は取り押さえられ、その後、処刑されてしまいました。まだ20歳の若さだったそうです。
ちなみに、このシーンは人気が高いのか浮世絵の題材としてもよく取り上げられており、かの写楽も同じシーンを描いています。
似たモノ同士?
ヒゲのおじさんがお猿さんとにらめっこ。シュールだけどどこかかわいい。
こちらのヒゲおじさんは、豊臣秀吉に寵愛され徳川家康にも一目置かれた戦国武将の加藤清正。築城名人としても有名で、居城の熊本城をはじめ多くの城を手がけました。清正公は武勇に優れただけでなく、高い教養を持ち、為政者としても評価の高いスゴイ人です。
そんな清正公のほほえましいエピソードがこの1枚。
ある時、清正公は愛読書の『論語』に朱筆で注釈をつけるという日課に取り組んでいた。ちょっと用があり席を外した清正公、再び部屋へ戻るとびっくり。なんと飼っている猿が筆を持って『論語』の本になにやら書いているではないか。それを見た清正公は怒るどころか猿に向かってこう言った。
「お前も論語を読みたいのか? 感心なヤツじゃ」
清正公の器の大きさを感じさせるリアクション。これはまちがいなく偉人。
このエピソードをふまえると、芳年の描くいかつい清正公がまた違った風に見えてきます。
しかし、そんな懐の深さが獣相手ではどうにも伝わらないのか、対する猿は「は?」みたいな表情を浮かべている。
この対比がなんともおかしい。あと、猿の毛がフワッフワです。
次も猿つながりで。ちょっとグロいので注意。
天下人の若き日の姿
斬り落としたばかりの首をひっつかんだ若者が川の中で呆然としてます。「オレ、はじめて人を斬っちゃったよ……」というような顔にも見えます。
これはまだ「木下藤吉郎」と名乗っていた頃の豊臣秀吉。のちに関白となり海外進出も夢見た天下人も若き日々のなかにはこんな場面もあったんでしょうね。