静かなる浮遊感
音もなき満月の夜、着物を翻しまるで浮いているかのように宙を舞う男。
男の手には刀が握られており、その切っ先は碁盤の角を斬り落とすーーどういう状況かはまったくわかりませんが、とても雰囲気のある1枚です。色味も落ち着いていてステキですが、なによりこの「ふんわり感」の表現がすごい。130年近い前にこのような表現がする絵師がいたことに驚き。
こちらの人物は「八幡太郎」こと源義家(よしいえ)。平安時代の武将で、鎌倉幕府を開いた源頼朝の“ひいひいおじいちゃん”になります。源氏が武家政権を樹立するようになったルーツともいえるのがこの源義家で、武勇に優れ、人柄にも優れていたそう。軍記物語に描かれた義家が超かっこいい。
「驍勇絶倫(ぎょうゆうぜつりん)にして、騎射すること神の如し」
「雷の如く奔り、風の如く飛び、神武命世なり」
昔の軍記物の表現って本当に痺れますね。まあ、とにかく神のごとく強い、ということです。
そんな神のごとき武威を誇った義家さんのあるエピソードを芳年は描いています。
ひとりの女のもとに義家は毎晩通っていた(強引に)。困り果てた女は夫(兄とも)に相談する。夫は男を捕まえようと、ある計画を立てる。それは、女の部屋の入り口に碁盤を置き、それにつまづいてアタフタしているところをとっ捕まえる、というもの。準備は万全、あとは義家が来るのを待つだけ。
夜、義家は今日も今日とて女のところへやってきた。が、さすがは義家、すぐさま碁盤に気づきとっさに碁盤の角を斬り落とすと、なにごともなかったかのようにススイと女の部屋へ入っていった。あまりの神業に夫は仰天、「これは只者ではない」と恐れをなしたのだった。
…んん?
格好いいのだか格好良くないんだか微妙なエピソード。とりあえず女の人にとってはなんの問題解決にもなってないぞ。
驍勇も絶倫なら、精力も絶倫だったらしい義家さん。芳年の筆によってたいへんイケメンに描かれていますので、ぜひ拡大で。
シュッとした今風イケメンです。
和製ダークファンタジー
異様な1枚です。天狗のような羽を生やした異形のモノたちが舞うように飛んでいます。それらと向き合って禿頭の男性が扇を手に舞っています。
顔の色も着物の色も目がチカチカするほど色にあふれ、黒い羽がかえって不気味に目をひきます。見ていると不安になる系の絵です。
中央の男性は鎌倉時代末期の武士・北条高時(たかとき)という鎌倉幕府の「執権」です。執権とは鎌倉幕府の役職で、政治の実権を握った北条氏が代々その役割を務めました。
父の死を受け高時は14歳という若年で重役についたものの、すでに鎌倉幕府はガタガタ。崩壊は目前にまで迫っていました。そんな政情不安に加え自身が病弱だったこともあり、高時は政治に見向きもせず闘犬や田楽遊びに耽溺したそう。現実逃避バンザイ!
その後、後醍醐天皇が倒幕軍を率いて蜂起し反乱が勃発、反乱軍に追い詰められ高時は北条家の菩提寺で一族郎党と自害し果て、鎌倉幕府は滅んだのでした。
高時といえば「暗君」「暗愚」「痴呆」「暴君」などロクでもないレッテルを貼られていますが、こうしたマイナス評価は後世の記録や創作物によるイメージ操作の影響が大きく、実際にはもっと立派な人物だった可能性も大のよう。政権が滅んだ場合、次の政権が意図的に“サゲ”を行うのは歴史が証明しています。
で、芳年が描いた不可思議な場面ですが、軍記小説『太平記』にあるエピソードが元ネタだと思われます。
ある夜、酔った高時が田楽を舞っているとどこからともなく田楽の一座がやってきて一緒に舞い始めた。次第に舞いは激しくなり「妖霊星を見よや」と歌いだす。その声があまりにもおもしろいので女官がこっそりのぞいてみると、なんと、高時と舞っているのは人間ではなくバケモノだったという。
「妖霊星」というのは天下が乱れる時に現れるという星で、鎌倉幕府の滅亡を予言するエピソードになっているわけです。
『北斗の拳』の「死兆星」みたいなものでしょうか?
余談ですが芳年の描く天狗が完全に外国人。
来日した外国人の天狗コスプレみたいになってる。
軍神、降臨
暗闇から光が射すなか、黒雲を割って馬上現れたのは「軍神」。
これで戦は我が軍の大勝利だ!というようなありがたみのある1枚。もう神々しさがすごい。
描かれているのはご存知“軍神”上杉謙信。“甲斐の虎”武田信玄の永遠のライバルであります。生涯を戦場で過ごし、天才的戦術と戦略でほとんど負け知らず、天下無双の上杉軍の強さは戦国武将たちを震え上がらせ、「軍神」と崇められました。
毘沙門天を熱心に信仰した信心深さ、朝廷や室町幕府に対する尊敬の念の強さ、「敵に塩を送る」ということわざを生むほどの義理堅さ(ただし、この逸話の真偽は不明)、「生涯不犯」を掲げ独身を通した信念の強さーーなどなど、謙信の評価はとても高く、神聖視されまくり。
そんな謙信公は格好良く描かれるのが今も昔も世の真理。芳年バージョンだって同じこと。舞台演出のスモークみたいなモクモクしたところから登場って……本当に天才の発想。また、横顔ってのがイイですね。
「女性説」が根強くあるのも納得の秀麗な横顔。馬が正面向いているのに主役は横向いているという“あえて感”がまたグッとくる。
謙信公ときたので、信玄公も。
漂う迷子っぽさ
先ほどご紹介した“軍神”上杉謙信の宿命のライバルといえば、武田信玄公。
信玄公のビジュアルっていつの時代もブレがないです。ひと目で信玄公とわかるわかりやすさよ。
謙信公の芳年絵がめちゃくちゃカッコよかったのに対し、この信玄公は「あれ?ここどこ?」みたいな感じで迷子っぽさがあります。なぜだ…。
さて、芳年は晩年の傑作シリーズ『月百姿』でも信玄公を描いているんですが、カッコよさでいえば断然そちら。
滴り落ちる血に目を奪われる
白馬にまたがる武士は満身創痍。矢が何本も刺さり、着物も馬も鮮血に染まっています。
川向こうに向けたその目には敵軍が映っているのでしょうか、絶望感が漂っています。
この武士の名は、畠山重忠(はたけやま しげただ)。鎌倉幕府創建に多大なる貢献を果たし、その武勇と高潔な人柄から「坂東武者の鑑」と称えられた人物です。歴史上の人物は時代によって評価がコロコロ変わるのですが、重忠は評価も人気もずーっと高い珍しいタイプ。
エピソードも豊富で、木曽義仲の愛妾・巴御前と一騎打ちして負かしたり、義経が断崖絶壁を馬で駆け下り奇襲を成功させた「鵯越え(ひよどりごえ)の逆落とし」では自分で馬を担いで崖を駆け下りるという人間離れした豪傑っぷりを見せたそう。すごすぎないか?
鎌倉幕府が開かれたあとも幕府の重臣として活躍した重忠でしたが、初代将軍・頼朝の死後、有力者の排除を企む北条氏サイドの陰謀により謀反の疑いをかけられ、重忠に討伐軍が向けられます。多勢に無勢、圧倒的不利のなか奮戦した重忠でしたが数の力に押し切られ戦場でその命を散らしました。
芳年が描いたのはまさに重忠最期の姿なのです。
血みどろの絵ですが、陰惨な感じはなくどこか爽やかさすら感じるのは重忠の人柄ゆえでしょうか。