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通称、赤富士
凱風快晴(1831〜35年/『冨嶽三十六景』より) 葛飾北斎 70〜74歳ごろ『波の画』と並び、海外でも非常に有名な作品。実は初期版ではここまでの赤ではないのですが、それは美術館で実際に観るときのお楽しみかもしれません。
もう一丁、富士山。
富士と笛吹童図(1839年ごろ) 葛飾北斎 78歳ごろ凄まじい構成力。ただ、それよりもなんなんでしょう、この漂う寂しさは。日本人の琴線をびしびし刺激する画です。
さらに富士山
甲州三島越(1830〜32年/『冨嶽三十六景』より) 葛飾北斎 69〜71歳ごろとにかく色合いがさわやか! 青と緑ときどき茶色のカラーリングは夏らしいさわやかさにあふれ、とても老人の色彩感覚とは思えないフレッシュさです。富士に負けずと存在をアピールする巨木に手を回し無邪気にはしゃぐ旅人たちがほほえましいです。
武者のとっくみ合い
渡辺の源吾綱 猪の熊入道雷雲(1833〜35年/『山本屋版武者絵』シリーズより) 葛飾北斎 72〜74歳ごろ風景画で有名な北斎ですが武者絵もこのとおり素晴らしいです。ギュウギュウととっくみあう2人の男のポーズがすごいですね。特にやられている方の指。
メタリックな鯉
鯉亀図(1813年) 葛飾北斎 52歳ごろほぼ黒一色の墨絵に近い作品なのに異様なまでの迫力を感じます。柔らかで繊細な水紋とは逆に、メタリックさすら感じさせる鯉の存在感がとにかくすごい。
北斎流お化け

「お岩さん」(上)、「小はだ小平二」(下)(1831~32年/『百物語』より) 葛飾北斎 70〜71歳ごろ当初は100枚のシリーズものだったらしいが現在確認されているのは5点のみ。どれも怖いのはもちろんながらまるでポスターのようなデザイン性の高い構図がすごい!
発想がぶっ飛んでる
蛸と海女(1820年ごろ) 葛飾北斎 59歳ごろ北斎は春画(性風俗画)も数多く手がけています。ホントになんでも描くな、この人。その際のペンネームがまた面白い。その名も「鉄棒ぬらぬら」。こちらは北斎の春画のなかでも特に有名な1枚。200年近く前にこの発想力。
歴史的ロングセラー

北斎漫画(1814年〜) 葛飾北斎 53歳ごろ〜北斎は風景画からエロまで何でも描きました。彼はいつからか「森羅万象」を描くといわれるようになりますが、こちらはその集大成。この漫画とは「漫(そぞ)ろな画」=気の向くままに描いた画という意味で、まさに絵の百科事典。全15編。人々のさまざまな姿をはじめ動植物、風景、道具、妖怪などなんでもあり。太った人ばかりを描いたものは思わず笑ってしまうほのぼの感にあふれています。北斎の死後、時代が明治に移ってもなお続編が刊行され続けました。
立ち上る湯気のおもしろさ
百人一首姥がゑとき 藤原義孝(1835〜36年ごろ) 葛飾北斎 74〜75歳ごろ「百人一首」を乳母が子どもにわかりやすく説明する、というコンセプトのシリーズ中の1枚。
「君がため おしからざりし 命さへ 永くもがなと 思ひけるかな」という超有名な和歌の絵解きになっているのですが、なんで温泉につかっているんだろう? まるで意思をもっているかのような湯気の表現がユニークです。
デフォルメの凄さ
くだんうしがふち(1804〜07年) 葛飾北斎 43〜46歳ごろ中年期の作品だけど、ぜひ紹介したいです。西洋画の技法の研究にも余念がなかった北斎はこんな西洋画風の作品も残していました。
歌の名手たち
六歌仙図(1820〜30年) 葛飾北斎 59〜69歳ごろ小野小町や在原業平ら平安時代の歌の名手「六歌仙」を描いたもの。縦長の構図を非常にうまく利用し、リズミカルに6人を描いています。ちなみにこちらの作品は近年発見されたもの。
鳥さん、逃げてー!
蛇と小鳥(1833~1839年ごろ/『肉筆画帖』より) 葛飾北斎 74〜83歳ごろ説明不要の一瞬を描いた作品。あいかわらずの構図の凄さ。一節によると、天保大飢饉で版元たちも餓死寸前だったときに、この『肉筆画帖』シリーズを描いたところ大ヒット。それにより、飢えをしのいだとか。